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福岡地方裁判所 昭和55年(ワ)3076号 判決

原告 本田嘉猷

右訴訟代理人弁護士 堤克彦

右訴訟復代理人弁護士 坂口繁和

被告 財団法人 福岡市森林公社

右代表者理事 佐賀晴幸

〈ほか一名〉

被告両名訴訟代理人弁護士 稲澤智多夫

主文

一  原告の被告両名に対する各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告両名は、原告に対し、各自金一八一八万八〇三〇円及び内金一五六八万八〇三〇円に対する昭和五五年一二月二四日から、内金二五〇万円に対する昭和六二年三月二八日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告両名の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  被告ら敗訴の場合仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告両名は森林の育成・伐採を業とする団体であり、原告は、昭和五五年八月当時、別紙重留流木災害流域図(以下「別紙図面」という)の赤色で塗った部分の福岡市西区大字重留字牛鳴一七三番地の一に、家屋番号一七三番一木造セメント瓦葺平家建居宅九九・五七平方メートル(以下「本件建物」という)を所有していた。

2  本件災害の発生

(一) 被告財団法人福岡市森林公社(以下「被告公社」という)は、昭和五四年一月一二日、訴外青柳正彦(以下「青柳」という)の注文により同人との間で、福岡市西区大字重留字牛鳴一一一番、一一七番、同字田代八一番の山林二三四五平方メートルにつき、契約金額二三四万五〇〇〇円で造林契約(以下「本件造林契約」という)を締結したうえ、これを被告福岡市森林組合(以下「被告組合」という)に下請させた。

被告組合は、訴外牛尾泉ら(以下「典略班」という)を使用して、別紙図面青斜線の部分を伐採していたところ、典略班は、右部分に、直径五ないし二〇センチメートル、長さ〇・五ないし三メートル程度の雑木伐採材を数千本山積して放置していた。

(二) 福岡市西区附近は、昭和五五年八月二八日から雨が降り始め、同日から三〇日までの同市における一時間当りの最大降雨量は、二八日午後九時から一〇時まで一三ミリメートル、二九日午後四時一〇分から五時一〇分まで四三・五ミリメートル、三〇日午前八時二〇分から九時二〇分まで四一ミリメートルであり、相当量の降雨があった。

(三) 右降雨により、同月三〇日正午前頃、別紙図面①附近の雑木伐採材が流出し、同図面赤曲線のとおり流下して②附近の山林をなぎ倒し、両者相まって下流に向かい、本件建物に衝突し、同建物を圧潰すると共に約三・五メートル移動させて、これを全壊せしめた(以下「本件事故」という)。

3  本件事故の原因、典略班の過失

(一) 本件災害は、降雨で飽和した地盤が流動化して高所から低所に流下したものであるが、本件事故は、洪水そのものが原因ではなく、放置されていた前記伐採材の流出により惹起されたものである。

(二) しかるところ、典略班としては、右伐採当時、降雨による伐採材の流出を容易に予見し得たのに予見せず、漫然前記のとおり大量の伐採材を谷間に巻き落し山積放置した過失があり、本件事故はこの過失によって発生したものである。

4  被告両名の責任

(一) 被告公社

(民法七〇九条)

(1) 被告公社は、本件造林契約を締結するに先立ち、当該山林の土質、附近の過去の災害歴、山崩れが起こった場合の土砂及び立木の流出可能性、流出の方向及び同方面の人家の存否等を十分に調査し、拡大造林自体のもたらす災害発生の可能性を検討すべき注意義務があり、この義務を尽くしていれば本件区域での拡大造林の危険性を探知することができ、かかる場合には拡大造林をなすべきでないことは当然である。しかるに、被告公社は、右事前調査を怠り、漫然本件造林契約を締結しこれを履行したのであるから、右注意義務を尽くさなかった過失がある。

(2) 仮にそうでないとしても、被告公社は、拡大造林をするに際し、山崩れの発生に備えて、伐採材の巻き落しはせず、すべて棚積すべき注意義務があるのにこれを怠り、前記のとおり巻き落しを認めた過失がある。

(3) 更に、巻き落しを認めるとしても、これを傾斜変換点より四メートルの範囲とすべきであるのに、現実には平均五・七メートルの場所に最下段の棚積をなし、しかも、それよりも上方から巻き落しがなされるのを看過した過失がある。

(民法七一五条)

(4) 典略班は、実質上被告組合の臨時労務職員であり、同組合の指導監督の下に造林作業を行っていたところ、同作業を行うにつき前記3(二)記載の過失があった。

(5) 被告公社は、被告組合の上部組織として、同組合及び典略班を指導監督する権限を有し、現実にも強い指導監督を行っていたものである。

(二) 被告組合

(民法七〇九条)

(1) 被告公社についての前記(2)、(3)記載と同じ過失がある。

(民法七一五条)

(2) 被告公社についての前記(4)記載のとおり。

5  原告の損害

(一) 本件建物の被害 一一八四万円

本件建物は昭和四二年一二月に新築したものであるが、本件事故により建物の東半分が伐採木等により圧縮破壊され、建物全体が西側に三・五メートル移動し、建物として全く使用不可能な状態となり、消防署からの申し入れに従い建物全部を取り壊した。その再築のためには右の費用を要する。

(二) 動産の被害 四三一万一一〇〇円

本件建物倒壊により、建物内にあった原告所有の動産のうち、少なくとも別表記載の物品が破損又は紛失した。

(三) ブロック塀の被害 二八万六九三〇円

本件事故により、本件建物周囲のブロック塀が全壊したが、その再築のためには右の費用を要する。

(四) 庭園の被害 七五万円

本件建物には三〇ないし三五坪の庭園があったが、本件事故により全壊し、再築するためには右の費用を要する。

(五) 慰藉料 一〇〇万円

(1) 原告は、中越パルプ株式会社の技師として長年勤めた退職金で本件建物・庭園を作って定年後の生活を始め、本件事故当時は、妻、息子夫妻及び孫二人と共に平穏に生活していたのに、被災のショックから同地での建物再築を断念し、別に新居を構えることを余儀なくされた。

(2) 本件事故による本件建物への衝撃、更に三分間位揺れて建物が移動していく時の死への恐怖感・精神的苦痛は格別であった。

(3) 被災後一週間は公民館での生活を余儀なくされ、その後も長期間極めて不便な生活を強いられた。

(4) 本件事故のため本件建物の敷地の価値が半減し、本来ならば時価坪当り一五万円程度したのに、被災後は八万円でしか売れなかった。

6  よって、原告は、被告両名に対し、前記不法行為に基づき、損害合計金一八一八万八〇三〇円及び内金一五六八万八〇三〇円(前記各損害に二五〇万円を按分充当した残額合計)に対する本件訴状送達の翌日である昭和五五年一二月二四日から、内金二五〇万円に対する請求拡張の申立書送達の翌日である昭和六二年三月二八日から各完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因に対する認容及び主張

(認容)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2(一)のうち、被告公社が昭和五四年一月一二日青柳との間で本件造林契約(施業面積は二・一三ヘクタール)を締結したことは認めるが、その余の事実は争う。被告公社は右造林事業を被告組合に委託し、同組合が同月二〇日これを典略班に請け負わせたものである。

同2(二)の事実は認める。

同2(三)のうち、本件建物が被害を受けたことは認めるが、その余の事実は不知。

3 同3、4の各事実は争う。

4 同5の事実は不知。

(主張)

5 被告両名及び典略班の関係

(一) 被告公社は、都市整備と密接な関連を持つ森林の公益的機能の確保と林業の振興を図るため、公営による造林と民間による造林を推進することにより、森林資源を保護育成し、もって緑豊かな都市づくりに寄与することを目的として設立されたものであって、福岡市の分収林となるべき用地の確保事業の受託、森林病害虫防除事業の受託、福岡市営林及び民有林等の造林、保育事業の受託等の事業を営む財団法人である。

(二) 被告組合は、森林組合法に基づいて組織された組合で、組合員が協同してその経済的社会的地位の向上並びに森林の保続培養及び森林生産力の増進を図ることを目的として設立されたもので、組合員のための森林経営の指導、森林の施業及び経営の受託、林業に必要な資金の貸付、森林施業の共同化その他林業労働の増進に関する施設等の事業を営むものである。

(三) 右のごとく、被告公社は被告組合の上部組織ではなく、本件造林契約に基づく造林事業に関しては、両者の関係は委託関係である。

(四) また、被告組合には職員が少ない関係もあり、被告組合が受託した造林事業については五、六班の作業班に請け負わせて実施しているもので、本件に関する作業班である典略班もその一つで、典略班、牛尾泉、結城敏行、蓑田勝らで構成されていた。

6 本件造林事業の仕様方法

(一) 本件造林契約の内容は、青柳所有の二・一三ヘクタールの山林に桧七四五五本を地拵えのうえ植林し、昭和五四年三月三一日までに履行を完了するというものであるが、被告公社がこれを被告組合に委託した契約においても、造林事業の仕様書の具体的作業要領は変更なく、地拵えは、刈払い伐倒した雑草木及び枝条を筋条に一・五メートル程度の幅に集積する棚積方式によるのを原則とし、勾配の急な棚積不適地では慣行どおり巻き落しをすることも認められていた。

(二) 地拵えの方法としては、かつて伐採材をすべて焼却する方法(火入れ方式)が採られていたが、この方法は土壌浸食防止上及び地力保全上から好ましくないうえに、山火事の原因ともなることから、今日では棚積方式が一般化しているもので、棚積方式によると棚積された雑木材等が腐朽して有機質肥料になる有利さもある。

7 本件災害の原因

(一) 本件災害のあった河川は、博多湾に流入する金屑川の一支流である牛鳴川で、その上流は二つの支渓となって分れており、崩壊のあったのは青柳所有地側の支渓で、これに隣接する訴外福島伴世所有地側の支渓は、本件災害時には何らの異常もなかった。右災害により被害を受けた本件建物は、牛鳴川の下流で形成されている扇状地のほぼ中央上部に位置していた。

(二) 本件災害は、牛鳴川上流の一支渓に発生した馬蹄形の山崩れに端を発した土石流に起因するものである。即ち、昭和五五年の七、八月は例年にない異常長雨と特に八月二八日から三一日にかけての集中豪雨が特徴的で、福岡管区気象台開設以来の最高年間降雨量を五〇〇ミリ以上も更新する異常多雨年といわれ、多数の被害が各地に発生した。右の降雨により馬蹄形の山崩れが起こり、これから流出した土が支渓内の堆積土砂をも巻き込んで下流に土石流として移動し、本件事故となったものであって、右の相当量に及ぶ土石流により崩壊個所に棚積されていた雑伐採材や渓間に巻き落されていた雑伐採材が移動したに過ぎず、仮に右支渓内に伐採材がないとして土石流のみでも、本件と同程度の被害は発生し得たと考えられる。

(三) ちなみに、前記福島所有地については、青柳の造林より一年後れて同様な造林作業がなされており、これを担当したのも典略班であったが、この作業により渓間に巻き落された雑伐採材は本件災害時に何ら流出することもなかったのであるから、この事実からしても、本件災害は渓間に巻き落された雑伐採材が原因となって発生したものでないことが明らかである。

三  抗弁

原告は、昭和五五年一〇月三〇日、本件事故を原因として、訴外福岡市農業協同組合から災害保険金二五〇万円の支払を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁事実は否認する。

2  原告は、当初、抗弁事実を先行自白したけれども、右保険契約は原告の子本田邦彦が保険契約者となって締結したものであり、二五〇万円の保険金も昭和五五年九月二四日に同人が受領していることがその後の調査により判明した。従って、原告の右自白は真実に反し、且つ錯誤に出たものであるので、これを取り消す。

五  自白の取消に対する異議

原告の自白の取消は、時機に後れた防御方法であるから、却下されるべきものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(一)のうち、被告公社が昭和五四年一月一二日青柳との間で本件造林契約(施業面積を除く)を締結したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  本件造林契約の内容は、青柳所有の二・一三ヘクタールの山林に桧七四五五本を地拵えのうえ植林し、昭和五四年三月三一日までに履行を完了するというものであり、右地拵えの方法は、刈払い伐倒した雑草木及び枝条は筋条に一・五メートル程度の幅で集積(棚積)することを原則とする旨定められていた。

2  被告公社は、昭和五四年一月二〇日、右造林事業を被告組合に委託したが、同委託契約における地拵えの方法は、刈払い伐倒した雑草木及び枝条は筋条に一・五メートル以内の幅で集積(棚積)するか、谷筋の植栽不適地に巻き落すことを原則とする旨定められた。

3  被告組合は、同月二二日、右造林事業を訴外牛尾泉らの典略班に請け負わせた。

三  請求原因2(二)の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、昭和五五年八月三〇日正午前頃、右造林施業地域附近から流下したと思われる雑木伐採材等が本件建物に衝突してこれを破壊し、本件事故の発生に至ったことが認められる。

四  そこで、本件災害の発生原因及び本件事故に至る経過について判断するに《証拠省略》によれば、

1  本件災害のあった河川は、博多湾に注ぐ金屑川の一支流であるが、日頃は幅約三〇センチメートル、深さ数センチメートル程度の流れに過ぎず、むしろ溝と表現してよい程度のものであった。

2  前記降雨のため、前記造林施業区域内である別紙図面①附近の山林地盤が飽和流動化して崩壊し、すぐこれに接する斜面の崩壊を誘発して、比較的短時間に馬蹄形の崩壊地形を形成した。

3  この崩壊した土砂(一次土砂)は直ちに谷を下るが、非常に流動性に富み勢いづいて流下し始めた一次土砂を含む洪水流(土石流ともいえる)は忽ち谷底に堆積放棄されていた雑木伐採材や枯枝を巻き込み流木(一次流木)とした。

4  一次流木を混えることによって機械的な破壊力が増大した洪水流は、谷底周辺の土砂を削り取り土砂(二次土砂)を再生産した。

5  一次、二次の土砂は洪水流の比重を高めてより強く一次流木を押し流し、流木は岸辺に激突して堀削機の役を果した。

6  谷の開口部以下は扇状に拡がり、そこ(別紙図面②附近)には杉の植林があり成木林をなしていたが、洪水流はそれらの成木をもなぎ倒して巻き込み流木(二次流木)とした。

7  かくして一次、二次の土砂及び流木が洪水流に加わって本件建物を襲った。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

五  右認定の事実を前提にして、被告両名の本件事故責任の有無について判断する。

1  被告公社に関する請求原因4(一)(1)記載の過失については、本件全証拠によるもこれを肯認することができない。

2  被告両名に関するその余の責任原因として原告の主張するところは、要するに、本件拡大造林をするに際し、伐採材の巻き落しを認めたこと、若しくは巻き落しの量が多過ぎたことを問題とするものである。

確かに、前示認定の一次流木の中に巻き落しにより堆積していた伐採材が含まれていたことは当事者間に争いがないと認められるけれども、《証拠省略》によれば、本件拡大造林をするに際し、伐採材の巻き落しを一切認めず、すべて棚積すべきことを要求するのは、現時の林業技術の実態に徴し難きを強いるものであって、これをしなかったからといって、造林施業者としての注意義務に違反した過失があるとは到底認められない。

そこで、右巻き落し伐採材の量との関係で一次流木の組成について検討するに、《証拠省略》によれば、一次流木の大部分は伐採材であると認められるが、《証拠省略》によれば、一次流木の中には、前記馬蹄形の崩壊個所に棚積されていた伐採材も相当含まれていたものと認められる(この事実については、《証拠省略》にもこれを肯定する記述がみられる)。しかるに、一次流木の総量及び同流木中の棚積分と巻き落し分との比率を認めるに足りる的確な証拠はない。

そうすると、巻き落し伐採材の量が多過ぎたことを前提とする原告の前記主張はすべて採用し得ない。

六  以上によれば、原告の本訴各請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷水央)

〈以下省略〉

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